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1860年の長崎で船体修理の為に入港したロシア水兵を遊女が慰安することになった際、ロシア船艦長の申し入れにより梅毒の検査を行ったのが日本で最初の梅毒検査として記録されています。
明治、大正になると徴兵時の検査に性病検査が行われるようになり、20歳の男子について統計がとられるようになりました。
戦前は多数の感染者が存在したが、戦後はペニシリンの登場によって感染者は減少しはじめました。
また、梅毒にも流行周期があるようで20年周期でピークを示すことがわかるようになったのもペニシリンの恩恵といえます。現在、医学の進歩から1970年に6,000件報告されていた患者数は、2001年の報告累計では567件と1/10にまで減少しています。
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